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杞憂

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杞憂

杞憂の説明

日本語 名詞 杞憂(きゆう) 将来のことについて、する必要のない心配をすること。根拠のない心配。取り越し苦労。杞人憂天。 杞憂に終わる 杞憂に過ぎない 次に女子解放運動が、女子をして、その母性を失わしめると論じるのも理由のないことで、事実を離れた、一種の杞憂です。(与謝野晶子 『「女らしさ」とは何か』) 由来 古代中国の杞 (wp)と言う国の人が「いつか天地が崩壊してしまうのではないか」と心配していたという故事より。杞人の憂い。(出典『列子』天瑞篇) 「杞」は夏 (wp)の遺民が封ぜられた国であり、周代後期以降、時代遅れの風習を有する国とのイメージがあり、このような例の引き合いに出された。同様の例として、殷 (wp)の遺民が封ぜられた宋 (wp)がある(例.「守株」、「宋襄の仁」)。 関連項目 終末論 訳語 フランス語:souci 動詞 中国語 名詞 杞 憂(qǐyōu 簡体字:杞忧) (日本語に同じ)。 同義句 杞人憂天/杞人忧天

杞(き)は、古代中国の殷代から戦国時代にかけて存在した国。国姓は姒であり、禹の末裔と称した。殷末周初に一時滅亡するが、周初に再興され、史料では東楼公より20代の君主が記録されている。紀元前445年、楚によって滅ぼされた。 杞は小国であったため、史書での記述は極めて限定的である。『史記』には「陳杞世家」の記述があるが、杞についての記述は僅か270字であり、「杞小微、其事不足称述(杞は小微にして、其の事称述するに足らず)」と扱われている。このように国力も十分でない小国であったため、周辺諸国との外交圧力の中で遷都を繰り返している。当初は河南省杞県一帯に位置していたが、その後山東省新泰市に、更に昌楽県、安丘市と都城が移動した。 小国の杞であるが、杞が夏王室の末裔であり、夏礼を保存していることから儒家にとっては大きな意義があった。孔子も夏礼を学ぶために杞を訪問した記録がある。現在まで考古学の成果による杞の出土品は限定的である。しかし殷墟より発掘された甲骨文字の中に杞の文字を記したものが発見されており、殷代には杞が存在していた証拠とされるが、杞県での考古学上の発見は未だなされていない。新泰では清代の道光年間及び光緒年間に青銅器が、2002年には周家庄で杞の貴族墓葬群が発見され、新泰に杞が存在していたことを証明している。 後に杞の公子の一人が斉に仕え、鮑の地を与えられた事から鮑氏を名乗り、賢臣として名高い鮑叔を輩出している。

Unicode検索結果 - 杞憂

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杞 杞

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ユニコード名

CJK UNIFIED IDEOGRAPH-675E

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Letter, Other(文字,その他)

数値文字参照

憂 憂

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ユニコード名

CJK UNIFIED IDEOGRAPH-6182

一般カテゴリ-

Letter, Other(文字,その他)